香魚


「なあ……」

釣り場にやって来てから小一時間もたった頃、ようやくアンジーは口を開いた。
何か話したいことがあるのは、来たときの様子から容易に察しがついていたが、敢えて何も気づかない振りをして、今まで黙って、並んで釣り糸を垂れていたのだ。
こんな時こちらから問いただそうとしても、冗談ではぐらかされるか口をつぐむかのどちらかだ。 向こうから話したければいつか話すし、話さないで帰れば、今日はまだその時ではないと言うことなのだ。
トランの城に居た頃から、彼の横に座って釣り糸を垂らす人間のうち、かなりの数が、そういった目的で訪れていたということもあり、知らず知らずのうちに、ヤム・クーにはその辺の心得が出来ていた。

「さかなって、可愛いか?」
「……はぁ??」

そんなヤム・クーも、あまりの唐突な質問に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
さかな? さかなの事で悩んでいるのか、この人は?

「可愛いかって聞かれても… そういう感情でみたことありませんからねえ…」

相手の真意が測りきれないので、曖昧な返事を返し、顔色を伺ってみる。
アンジーは、水面に浮かぶ浮きを、ぼんやりと見つめていた。

「好きか嫌いかって言われたら、そりゃまあ好きですよ」

食べるのは、と、心のなかで付け加える。

「どんなに好きでも… さかなを抱きしめる奴はいないよな」
「そりゃあいないでしょうね。 ウロコが剥げちまうし」
「そうだよな… さかなって、どうやって可愛がったらいいんだろうな……」

まさか、本当に、さかなの飼い方を聞きに来たわけでもあるまいが、しばらく当たり障りのない会話を続けてみることにする。

「そうですねえ。 マメに水を換えて、決まった時間に餌をやるくれえしか方法はないんじゃないんですか?」
「そうだよなあ…… それしかないよなあ……」

深く考え込む様子見て、一瞬、アンジーがさかなに頬ずりをする場面が浮かんだが、もちろん彼は例え話を… あいつについて話しているのだと、ヤム・クーにも分かった。

「さかな、逃げちまったんですか?」
「ん… まあな……」

本人は分からない様にしたつもりだろうが、ヤム・クーの耳には、はっきりとため息が聞こえた。

「まあ、さかなってのはそう言うもんですからね。 水の中を気ままに泳いでる方が生き生きしてて美しいんですよ」

アンジーは、ヤム・クーの顔を見た。 こちらを見ている彼の眼は、相変わらず前髪の下だったが、自分は何もかも見透かされているような感じが、アンジーはした。

「そうだな… 水槽の中に入れっぱなしってのも可哀想だよな…」

すっと立ち上がると、貸りていた竿を、ヤム・クーの横に置いた。 浮きは、結局一度も水に沈むことはなかった。

「もし大物が釣れたら、教えてくれよな」

軽く手を振り、そのまま振り向かずに去っていく背中に向かって、ヤム・クーはにっこり微笑んで言った。

「一番に知らせますよ。 イキのいい香魚でも釣れたらね」





香魚(こうぎょ)って、鮎(あゆ)の別名だそうです。
シドニアっぽいかなあ。 とか。 名前が気に入ったと言うのもあるんですけど。
湖に鮎は居ないでしょうけどね(笑)
「テトラ」の後、カクを訪れたアンジー、って感じでひとつ。

内容的にはオモテでも全然問題ないと思うのですが、
「テトラ」の後日談って感じで書かせて頂いたので、こちらにおきます。
大槻さん、こんなお粗末な後日談をくっつけちゃってすみません(汗)
パラレルのひとつってことでご容赦を〜〜(汗)









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